モバイルが変える世界                             2011.07.08

 開発途上国・新興国におけるモバイルの普及・活用の状況をみていると、金融機関が担う役割もITの進歩に伴って少しずつ変化していくのではないか、そんなことを考えさせる事例を幾つか紹介したいと思います。

 

開発途上国のモバイル・バンキング事情

開発途上国では、銀行口座すら持たない人たちが出稼ぎをしたお金をモバイルで母国の家族に送金する、という巨大な市場に欧米諸国が動いています。近代的経済隆盛の最初のプレーヤーはキャリアと銀行、そしてそれを製造業などが追うという構図は、アフリカに限らず、これまで日本やアジア、南米などでも繰り広げられてきたことです。

 

(1)象牙海岸

「フランスの大手通信会社OrangeとBNPパリバ銀行とが象牙海岸にモバイル・ペイメント(無料の口座開設、支払い、振り込みなど)のサービスを導入する。既にVodafoneは現地通信大手と組んで同様なサービスを開始し、利用者も毎月伸びている。」(2008年12月 Finextra誌)

 

(2)ルワンダ

「ルワンダの通信会社が資金移動も含めたモバイル・バンキングを開始した。テキストメッセージを通して国際的にキャッシュを送受信することができる。利用者は国内の小売店で預金や引き出しを行うことが出来、残高が尽きた場合にはローンを受けることも可能。発表後一ヶ月で14万人の加入申し込みがあり、これは市場全体の15%になる。」(2009年1月 Finextra誌)

 

(3)ケニヤ

「Safaricom社がモバイルによる資金移動サービスを提供、既に500万人の加入者を獲得している。

Equity Bankもケニヤの貧困層へのICカードや生体認証による支払いサービスを提供しており、北方ケニヤには人口50万人に対して5つの銀行営業店しかないが、これを倍加する。」(2009年1月Finextra誌)

 

(4)タンザニア、パキスタン、ナイジェリア、インド、バングラデシュ、ガーナ

「米Vivotechなど、NFC製品を提供する企業の業績は飛躍的に向上しており、モバイル・バンキングは開発途上国への新商品として位置づけられている。

英政府は開発途上国に約2億円を投じ、バイオとモバイル中心の銀行設置を促すと発表した。3年をかけて、ケニア、タンザニア、パキスタン、ナイジェリア、インド、バングラデシュ、ガーナといった国々にブランチレス・バンキングの普及可能性を探ると同時に、貧困層が携帯やICカードなどの新技術によっていかに金融サービスにアクセス出来るかという調査活動も行い、貧困層の電子社会での発展を促す。

このプロジェクトは、ボーダフォンのM-Pesaプロジェクトなどをベースに構築する。M-Pesaはケニヤの奥地で携帯による資金移動が出来るかどうかを評価するために開始されたが、2年後には500万人のユーザを擁するまでになり、業務も45%安いコストで、送金、給料支払いと請求支払にまで拡大されている。」(2009年2月 Finextra誌)

 

「Standard Chartered とCITIBANKはアフリカの通信プロバイダであるZain社と提携し、Zapと呼ばれるモバイル・バンキング・サービスを東アフリカ地域で100万人に提供する。」(2009年2月 Finextra誌)

 

(5)インド

「ノキア社はインドのYes銀行と、モバイルバンキングの試行をPune市で行うと発表した。お金の移動をするには携帯の電話番号があればよく、将来的には公共料金の支払い、買い物も出来るようにする。インドでは人口の41%は預金口座さえ持っていないが、世界でもっとも携帯の普及が速い国であり、現在5億人の携帯人口は、2013年には9億人にまで増えると予測されている。」(2010年2月 Finextra誌)

 

現在、アフリカで公用語が英語という国は20以上あります。インドも含め、見方によっては日本よりもずっと国際的なポテンシャルを持っていると云えます。PCによるインターネットや電話よりも早い速度で普及するモバイルは、開発途上国の歴史のスピードを間違いなく加速すると思われます。PCを使ってインターネットを利用することに慣れてしまった先進国社会では、モバイル・バンキングは便利と理屈で解ってはいても実はあまり使われていない、というレポートがここ数年続いていました。しかし、インドの例にみるように、携帯電話の番号が与信代わりになるというあたりから皆気がついたのでしょう、モバイル・バンキングを開発途上国向けの商品として位置づける、という明確な戦略の変換が起こっています。

 

主要ベンダーの動向

このような開発途上国市場の動きに対するITのリーダたちの対応を幾つか整理してみます。(Vodafone、Orange、Vivotech、ノキアについては前項にて記載)

 

(1)Microsoft

「Bill Gates財団とGSMAはアジア・アフリカ・ラテンアメリカへのモバイルバンキング普及のために13億円を出資して20のプロジェクトを起こし、将来的には5000億円の市場形成を促す。

現在、発展途上国には携帯は持っているが口座を持たない人口が10億人おり、日に2ドルしか稼げない人のために銀行が金融サービスを提供することが出来ない。しかし、モバイルならそれが出来る、と代表は語った。」(2009年2月 Finextra誌)

 

(2)Google

「モバイル・マネー。今では誰もが貧しい国々で携帯が銀行の代わりに使われていることを知っている。そして最新のテクノロジーは、金融関連のツールが今よりももっと優れたサービスを提供出来ることを意味している。貧しい国々での安価なスマートフォーンの利用を可能にしたい。今後数年の間に、安価なタッチスクリーン・ブラウザーの使える電話機が10億人の人々に行きわたるだろう。これが彼らのローカルなそしてグローバルな認識を変え、教育に関する概念を変える。」(2011年1月Google CEOのエリック・シュミットがハーバード・ビジネス・レビューのゲストコラムに寄稿)

 

(3)Sprint

「米国の無線事業者Sprint社は、ネット購入した商品の支払いをクレジット会社も銀行も介さずに、直接携帯の通話料金として支払えるお財布携帯の仕組みを構築している。同社とベライゾンやAT&T含めた国内契約者2億4000万人にこのサービスを提案する。」(2011年2月 Finextra誌)

 

(4)VISA

「VISAは、他のVISAカードの所有者へほぼリアルタイムで現金送金出来るサービスをVisaNetに追加した。手始めに、ロシアとウクライナの大手銀行でサービス開始する。今後、PayPalやモバイルバンキングなどとの市場シェア争いに加わる。

利用者は、自分の取引銀行に送付相手のVISAカード番号を伝えるだけでよく、振り込み口座番号や支店名などは必要ない。VisaNetが処理を終えると、送付した現金は数分後に相手のVISAのクレジット口座に入るので、受け取った人は現金を取りに銀行などへ出向く必要がない。」(2011年3月 Finextra誌)

 

P2Pでの送金は、開発途上国のみならず、ひろく出稼ぎを行う人たちにとって重要なビジネス・インフラになるという読みがクレジット・カード会社や通信会社の参入を促しているのだと思います。

 

仮想経済を支える人々

1日1ドルで暮らすような人々の社会におけるビジネスをBOP(Base Of Pyramid)ビジネスと云い、ユニクロや味の素が、安くて現地の人たちにとってもメリットのある事業を展開していますが、セカンドライフのようなデジタル・コンテンツの世界でも同様なビジネスが進行中です。

 

「世界銀行の調査によれば、仮想世界の通貨やそれに纏わる仕事が貧困層や開発国への実収入の元になっており、中国やインドに住む10万人以上の人々がネット上の”マイクロ・タスク”によってお金を稼いでいる。

そのような仕事には、ネットショップの製品分類、ソーシャルメディア・サイトの司会役、あるいは、多忙で裕福なプレーヤーに代わってオンライン・ゲームをすることなどである。ネットゲームのプレーヤーの1/4は仮想アイテムの購入に実貨幣を使うが、ゲームする時間に限りがある西側のプレーヤー達は、仮想通貨や武器、強いキャラクターなどを、彼らに代わってゲームをするインド人やベトナム人からどんどん購入している。

このようなゲーム雇い人の市場は2009年には30億ドルと試算され、やっと携帯が使えるようになった国でさえも、人々は仮想経済の仕事にありつけることを示している。」(2011年4月 Finextra誌)

 

先進国の高齢化は誰もが知るところですが、逆に新興国では人口の半分が25歳以下という状況です。現在はアジアにその60%が集中していますが、2040年にはアフリカに25%が集中すると云われています。上記した仮想経済でのデジタル・コンテンツの担い手はこのような人たちだと思いますが、携帯(モバイル)という、有線ネットワークを必要としない極安価なIT機器がこれを可能にしており、彼らがやがては実世界経済の担い手として参加してくる日もそう遠くありません。

 

モバイルが変える世界

今回、アフリカを中心に金融IT(モバイルを中心に)動向を整理してみると、最初は欧米の企業が主体となって投資や事業進出が行われていますが、やがて市場として認知されると、Microsoftのように投資だけを先行させる戦略や、口座無しでの送金のように欧米勢が開発した仕組みの利便性を先進国に逆輸入する動き、Googleのようにアフリカを最初からターゲットする戦略なども公表されるようになりました。さらに最近では、紙面の都合で事例は割愛していますが、開発途上国の銀行がモバイルを活用した独自のIT施策を打ち出し始めてもいます。

 

米国ニューヨークでは地下鉄とバスの支払いをモバイルで出来るようにする実験が最近始まったばかりです。スマートフォーンを使ってデパートなどでの支払いを可能にするニューヨークやサンフランシスコでのGoogleの派手な実験も、日本で同じようなことが既に出来ていることを思えば先進国社会へのインパクトはそう大きくはありません。

 

しかし、開発途上国でモバイルが起こしている事象は、それらの国民がまだ多様化していないために一つ一つの変化の普及速度が速いこと、経済の積み重ねが浅いために今後の伸びが先進国よりも大きいこと、それゆえに先進諸国が新しい市場として期待しその方向に向かって動いていることなど、これからの世界を大きく変えていく可能性を秘めていると思います。

 

TT

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