日経コンピュータ(2012年3月15日号)で「超高速開発が日本を救う」の特集が掲載された。その中で、BRMSを活用したアプリケーション開発・保守の効率化が取り上げられた。奇しくも筆者は10年前のBRMSの利用経験からシステム開発ツールとしての役割に注目した。すごいスピードでの普及を予想したが、金融業界での利用は停滞している。唯一保険業界では浸透し始めているようである。
昨今、個人ローン・システムの審査プロセス(含む審査モデル)の見直しの動きを耳にする。そこで、無担保ローン審査への適用イメージを例に取り上げる。
A. ビジネス・ルールとは
“ルール”とはなにか?世の中の様々な行為・活動は、規則・規制・協定など明確にされたもの、あるいは古くからの生活の知恵・暗黙の了解などによって秩序が保たれている。「緑の信号は進行OK、赤信号は止まれ」、「ラグビーではボールは前方にパスしてはいけない」、「普通自動車第一種免許は満18歳にならないと取得できない」、「21時以降、ピアノは弾かないように」など。『ルールとは特定の行為あるいは活動において、人の行為を管理する明快で理解できる規則または法則の集まりの一つである』と定義される。
ビジネスの世界についても、『ビジネス・ルールとは、ビジネスのある側面を定義あるいは制約するステートメントであり、しかもビジネスの構造をはっきり示し、ビジネスの振る舞いをコントロールし、影響を与えることを意図したものである』と定義される。( The Business Rules Group, Defining Business Rules “What Are They Really?”から)
現実のビジネス環境を見ると、商法を初めとしてビジネスに関連する各種法律、各省庁の省令・通達がある。より身近では企業の作成した業務マニュアル、社内通達にも存在する。“業務手順書、業務規程(業務用語の定義、商品条件,判断基準,コンプライアンスなど)の文書化されたもの、あるいは担当者の実務にいかされている知識、経験則、業務知見など明文化されていないものもある。これがビジネス・ルールである。
ビジネス・ルールは大きく分けると2種類ある。一つは、業務プロセス(制御)に関するルール、他方は業務ロジックに関するルールである。前者の例を挙げると、“保険支払申請書類をチェックした結果、問題なければ支払処理のために経理部に回す。不審点があれば申請者への問い合わせなど再度申請内容をチェックするため審査部門に差し戻す”など、業務の流れをコントロールするルールである。後者の例は、“前述の支払申請書類が完備しているか、記入内容に不審点はないか、不適切な申請内容ではないか、申請期限は妥当かなど”が該当する。Business Rules Applied では7分類されている。
(図表1 ビジネス・ルールの分類 参照)
ビジネス・ルールの特徴は以下の様に整理できる。
B. 市場の要求
企業にとって環境変化への迅速な対応、内部統制の徹底は重要な課題である。また、前述のビスネス・ルールは、既にシステム化されて来たとは言え、未だに人に頼っている部分が多く残されている。そのため、人手作業に伴う下記の様々な問題の解決も重要な課題である。
“こうした人的要素の課題を解決し、ビジネス・ルールを効率的・効果的に機能させるIT環境”が求められる。これがルール・ベース・システムという事であり、これからのシステムイメージと考えている。 ビジネス・ルールはユーザー部門の管轄である。ユーザー部門が主導権を握ることのできるシステム化環境があれば解決できる。
このようなツールを利用してシステム開発が実施できれば、判断ミスの削減・均一化、業務のスピードアップ(手作業の自動化)、業務コストの削減、ルール変更の迅速化、プログラム修正コストの軽減が実現できると考えられる。
ルール・ベース・システムを実現するソリューションとして、ビジネス・ルール管理システム(Business Rules Management System :以下、BRMSと表現する)が出現した。 「ルール・エンジン」と呼ばれることもある。 2002年のガートナーレポートでは、“ビジネスに敏捷性が要求されるにつれ、使い易いビジネス・ルール・エンジンがより多く求められるようになっている。現在の市場浸透率は2007年には20パーセントから80パーセントまで上昇するとみられている”と予想されていた。”IDC, Worldwide Business Rules Management Systems 2009-2013 Forecast Update and 2008 Vendor Shares”では、BRMSの世界市場規模は250億円を超えると強気である。 筆者の記憶では、海外では20年前頃から活発に利用され始めたが、国内での利用はやっと10年前頃からで普及はこれからである。
A. BRMSの機能構成
BRMSは大別すると下記の3つの機能で構成される。(図表2 BRMS機能概要 参照)
BRMS各機能の連携を使用イメージで以下に説明する。
・<ルール・ビルダー>の提供するルール記述方式(日本語構文記述,表形式,ツリー形式など)でルールを定義する
・ルールの曖昧性、完全性、整合性がチェックされる
・ミュレーション機能を利用し定義したルールをテスト&デバッグする
・<ルール・リポジトリ>内で、バージョン管理、履歴管理が行われる
・ルール定義にしたがってデータベースのアクセスを処理する
B. BRMSの特徴と効果
BRMSの特徴・効果をサマリーすると、『容易な方法を使って、容易な表現で、ビジネス・ルールを見える化できる』、『ビジネス・ルールをアプリケーションから分離する』、『ビジネス・ルールを一元管理する』と言える。
ビジネス・ルールを“日本語による構文記述方式で”、“テーブル形式の意思決定表で”、あるいは“意思決定ツリー”と言ったビジネス担当部門が容易に理解できる形式で定義でき、重要情報資産の見える化が実現できる。 加えて、ビジネス・ルールをアプリケーションから分離することで、システム開発においてビジネス担当部門とIT部門の役割分担が可能となる。
これまでIT技術者が担当していた業務ロジック(ビジネス・ルール)の組み込み・変更をビジネス担当部門が担当する。 その結果、システム開発期間の短縮・保守の負担軽減と迅速化が実現でき更に、一度定義したビジネス・ルールは企業内で一元的に管理できる。
他システムでの利用、新たな制度の導入・改正への迅速な対応、意思決定の精度向上とミスの削減(排除)による顧客へのサービス品質の向上と一貫性の維持が可能となる。 新商品開発、現商品の市場対応力アップなど戦略・施策実行への対応力強化に繋がる。
ビジネス・ルールを一元的に統合管理できるということは企業として一貫性のある全社的な基盤が存在するということである。内部監査の観点からも望ましい環境が実現できると言える。
BRMSの利用は保守フェーズで大きな効果をもたらす。 ビジネス・ルールを変更する場合、ユーザー部門で仕様を決定→IT部門と変更内容を確認→開発・テストというステップを取る。そのため簡単な変更にも数ヶ月を要する事も珍しくない。“BRMSを利用することによるアプリケーション構造の変革”が負荷軽減に大きく寄与する。 “アプリケーション構造の変革とプログラミング技法の変化”について触れておく。
C. BRMS利用分野
以上のような特徴を持つBRMSの利用事例が様々な業種で増えている。
公益事業、官公庁の業務でも利用が増えていると聞いている。
金融業界では、保険業務での利用が先行している。例えば、多種多様な特約を持つ保険商品の管理、顧客のきめ細かい要望に対応する新契約査定業務、一時不払い問題が発生した保険支払業務の合理化への対応、自動車保険申込受付・見積(ネット損保)業務など事例が増えている。 しかし、銀行業界ではWeb上でのSFA(Sales Force Automation)、事務ナビゲーションでの利用を聞いたことがあるが、目立った事例を耳にしない。銀行個人向け貸出の業務に焦点を当てただけでも以下のような利用分野が考えられる。
新商品の容易な追加、審査基準の迅速な変更、タイムリーなキャンペーン実施などが可能となる。
筆者もBRMSを利用して銀行の2種類の業務をPCでプロトタイピングした経験がある。 一つは、企業財務データから粉飾を発見するルールをシステム化した。 ある融資案件を複数の審査担当の方に個々人の審査ロジックに従い審査していただき、抽出された審査ノウハウから有効性が高いと検証できたルールを構造化して組み込んだ。 他方は、中小企業に対するマーケティング・プロモーションのためのルールをシステム化した。(中小企業に対してキャンペーン先を抽出するルールを複数組み込んでいる。 キャンペーン内容・時期により複数ルールから最適ルールで企業を抽出する)
A. BRMS利用によるプロセスの変革
代表的な利用プロセスとして、マーケティング分野と審査分野が考えられる。
BRMSの利用(ルール・ベース審査システム)は、申込案件審査プロセスおよび審査担当者の機能・役割の変革をもたらす。 従来の標準的プロセスでは、“審査支援システムがスコアリングモデルで算出したリスク数値と銀行判断(ブラック/グレー/ホワイト)を一次判断として審査担当者に表示する。 そのリスク度合いに対して、審査担当者は個信情報/銀行取引状況をチェックし、最終判断をする。審査担当者は審査の担い手である。
それに対し新たな審査プロセスでは、審査担当者が現在行っているビジネス・ルールの判断作業がシステムでチェックされる。その結果はスコアリングモデルの結果と共に最終判断材料として表示される。 審査担当者はこれらの情報を基に、最終的な銀行判断(条件を含む)、あるいは保証会社選定(プロパー融資/グループ保証会社/外部保証会社など)を行う。 この変革は審査担当者の機能(役割)を高める事を意味する。
B. ビジネス・ルール例
申込案件審査プロセスのビジネス・ルールは、以下の5グループ構成が考えられる。
商品申込条件(年齢,資金使途など)から外れるものをルール化し、自動審査で不適格と判断し謝絶対象とする案件を抽出するルールである。
・借入申込者の年齢は、融資時点で満20歳以上でなければならない
・借入申込者は社内注意情報に抵触していないこと など
これまでもお馴染みの代表的な手法(ツリー分析注1,ロジステッック回帰分析注2など)を用いて過去の取引データを分析し、大数の法則(スコアリング・ロジック)を見つけ出す。このスコアリング・ロジックがルールである。スコアリングルールは信用リスク量を数値化するため、返済能力を判断するのに適している。
(注1)ツリー分析の場合は、顧客属性情報、勤務先情報、銀行既存取引情報など様々な情報の組合せにより、顧客のデフォルト状況を判断してセグメント分類を行なう。最終的に分類されたセグメントのリスク度合いを勘案したスコアリングモデルにより数値化する。デフォルト状況を効果的に判断する項目が洗い出され、その項目で一連のルールを構成している。したがって、総合評価の色合いが強く、顧客リスクのベーシックなポジショニングが判断できる。何と言っても、人間の思考経路を表現しており審査担当者にとって納得しやすいルールモデルと言える。
(注2)ロジスティック回帰分析の場合、リスクスコアを算出するために指数関数を使用することになる。算式に使用される項目、係数、算式そのものがビジネス・ルールである。
個人信用情報を様々な角度からチェックするビジネス・ルールである。個人信用情報の開示も増えて来ることを考えると従来と違った視点での効果的なチェックが可能となる。
・担保貸し付けがあるのに住居状況が『持家』ではない(資金の切迫度合い・整合性を把握する)
・対給与借入比率が40%を超えている(資金の切迫度合いを把握する) など
ローン申込内容と顧客属性から不正を発見しようとするビジネス・ルールである。
・借入申込エリアが自宅住所・勤務先住所からかけ離れている(申込者居住場所との矛盾を把握する)
・免許証の紛失回数がxx回以上である(だらしなさ、返済意識のレベルを把握する)
・資金使途が医療となっている(収入が途絶える可能性がある、資金の切迫度合いを把握する)
ローン申込内容と過去の取引情報から不正を発見しようとするビジネス・ルールである。
・家族が既に申し込みお断りしているのに申し込みがされた(家族の資金の切迫度合いを把握する)
・借入申込直前に口座開設している(口座開設が明らかに借入目的、資金の切迫度合いを把握する)
C. ルール・ベース審査システムの特徴・メリット
今後個人信用情報の開示が増えることを考えると、今までノウハウ面で先行している消費者金融・カード会社での審査時着眼点を加味した内容がルール化できるのではないだろうか。
審査に関するビジネス・ルールを組み込んだルール・ベース審査システムは、以下のような特徴・メリットを持っている。
ルール・ベース審査システムは、これまで保証会社の審査に頼っていた個人ローンの審査業務を銀行として自行が的確な審査態勢を確立する(金融庁監督指針で求めている)ための重要な要素である)
A. “ちょっとやってみよう”から
特定の小規模な業務で試行し、その後、当該業務の周辺機能の拡張、あるいは他業務への展開とのアプローチがお勧めである。
ビジネス・ルールのIT化は、業務プロセス(フロー)を改革することになる。同時に企業としての各組織の役割(権限)の変更につながる。特に、システム化に関連してみれば、ビジネス担当部門は従前の対象業務の要件定義・仕様の決定に加え、ビジネス・ルールの開発および変更を担当することになる。一方、システム部門は業務ロジック(ビジネス・ルール)の開発を担当しないとはいえ、システム開発における中核的な役割がなくなるわけではない。したがって、ルール・ベース・システムの導入に関しては、最終的には全社的な共通認識が必要となる。しかし、こだわり過ぎると“何もできない(しない)”という、お決まりの悪循環に入ってしまう。そこで、“ちょっとやってみよう“をお勧めする。ルール・ベース審査システムを例にとれば、以下の様に、デモパッケージの利用とプロトタイピングの2つの方法が考えられる。
B. 当該業務の機能拡張
プロトタイピングシステムをベースにした機能拡張である。ルール・ベース審査システムで言えば、自社取引情報の取り込みをどうするか(他システムとの連携)、審査ルールの実装範囲とリスクランクに関するルールをどうするか、審査プロセスをルールで制御するか(ワークフロー制御)などがポイントとなる。
C. 他業務への展開
韓国の実情から察すると、利用して導入効果が体験できれば全社的な拡がりに疑問はない。その前に以下を準備しておく必要がある。全社的な業務ルール管理体制(組織)、業務ルール変更管理体制(プロセス、承認履歴管理)、システム開発・保守体系(プロセス)、業務ルール入力体制・入力規約、BRMS作成文書の管理体系などである。
市場にはオープンソースを含め、いくつかのBRMSが利用可能である注3。その中から自社のプロジェクトにとって適切な製品を選定し利用したいものである。各製品を評価するに際しては、自社で実現したい内容を明確に定義しておく必要がある。製品により何が実現できれば良いのか(要求)、および各要求の重要性を認識することである。そうすることで、評価プロセスを通じて各要求が実現できるか否かを確認することになる。製品をどの様に評価・選定するかのポイントは当資料では省略する。
製品の評価後、プロトタイプの前段に機能充足性および性能の評価を目的に、POC(Proof of Concept)の実施をお勧めする(POCの詳細は省略)。要件の実現性を確認するには必要なステップである。
(注3) 市場のBRMS製品一例
・米IBM:「IBM WebSphere Operational Decision Management (ILOGの改称)
・米プログレス・ソフトウエア社:「Progress Corticon」
・米Fair Isaac:「Blaze Advisor」
・韓国イノルールズ:「innoRules」
・オープンソース製品:「JBoss Enterprise BRMS」
上記の他、AML、Credit Origination等の業務特化型、WF/BPM連携のプラットフォームも存在する。
昨今、システムの内製化が叫ばれている。ルール・ベース・システムは、BRMSを開発ツール(開発技法)と考え試行してみるに値するシステムイメージではないだろうか。また、BRMSの中にはビジネス・ルール定義の曖昧性、完全性を検証する機能を持つ製品もある。要件定義作業に利用することで成果物の品質向上に役立つのではないかと考えている。また、要件定義からルールの定義(登録・変更)はユーザー部門、ルールのディプロイ(稼働環境への移行)はIT部門と言った役割分担も検討に値する。まずは体験してみると価値が理解できるテクノロジーである。
参考資料:
Business Rules Applied by Barbara von Halle
Published by John Wiley & Sons,Inc.
Principles of the Business Rule Approach by Ronald G.Ross
Published by Addison-Wesley
The Forrester Wave: Business Rules Platforms, Q2 2008
日経コンピュータ(2012/2/16号)「キーワード」
日経コンピュータ(2012/3/11号)「超高速開発が日本を救う」
BRMS分科会 小川 釀一郎