地域金融機関におけるIT人材管理        2011.02.01

 地域金融機関においてIT人材に関する問題意識が高まっている。新たな開発案件が減少しているので、この時期に長年の懸案を整理しておきたいということもあろうが、熟練行員の大量退職時期を迎え、残り時間が限られているとの事情もある。経営戦略と同様、選択と集中によるITコア人材の確保、育成が急務である。

 

1.IT人材に関する課題認識

 以下は、主に地域金融機関IT部門管理職の人材に関する、課題認識を挙げたものである。

  • 行内に必要な人材が不足するため外部依存が高まり、それが、経験蓄積・技能向上の機会を減らすという悪循環になっている。
  • システム全体を理解し、管理できる人材がいない。
  • オープン系技術に係る人材が圧倒的に不足している。
  • レガシー技術に係る人材も定年などで消失しつつあり、後継者がいない。
  • 業務知識を持つ人材が不足し、業務要件定義すら不十分である。特に、融資、証券、国際業務精通者がいない。
  • プロジェクト管理ができる人材が払底している。
  • システムやネットワークの基盤技術を判る人材がいない。
  • ローテーションが少なく、IT部門の平均年齢が上がる一方である。高齢者の転出を促進したいが、転出先がない。
  • アウトソーシングしているので委託先管理が主要業務であるが、自行に開発・運用スキルがないため形式的管理に陥っている。
  • 製品・技術を評価できるスキルがないので、ベンダー提案の妥当性評価ができない。
  • 戦略立案、IT企画が重要だと期待されるが、企画立案の経験・スキルがない。
  • 技術以前にビジネス・スキルの低下が著しい。
  • CRMデータなどをマーケティング戦略に結び付けたいが、BI関連技術を持つ人材がいない。マーケティング調査・企画できる人材もいない。
  • システム関連会社の位置づけが明確でなく、役割分担、処遇が不明確である。
  • 銀行におけるIT人材の人事計画がなく、モラル低下となっている。
  • ITスキルに関する研修制度・予算が未整備である。
  • 長期アウトソーシング契約を締結しているため、他の有力ベンダーから情報収集する機会がなくなった。

 このように、あらゆる側面で不足や不備が重なると、地域金融機関のIT部門にとって明るい将来展望は期待できないように見えるが、はたしてそうであろうか。

例えば、オープン系技術に関して考えてみよう。

 

 オープン系人材が不足との声は以前から強かったが、その具体的な内容は明確でない。例えばJavaを使える人材がいないとの声があるが、それが本当に問題なのであろうか。Java技術者はIT市場に豊富に存在しており、容易に入手することができる。それよりも、オープン系ツールを使ってシステム構築する際に、システム設計や開発管理の経験やスキルを持った人材がいないことが問題なのではなかろうか。

 

 レガシー関連スキルの枯渇も大きな問題とされている。確かに当該分野の人材高齢化は想像以上に進展しており、若い技術者の補充もない。数年後には、地域金融機関から汎用機技術者が消えてしまう可能性は高いと言わざるを得ない。しかしながら、そもそも汎用機をレガシーと称すること自体が間違いではなかろうか。汎用機が数年で消滅する筈はなく、引き続き大規模基幹系システムの主流であり続けるであろう。逆に、今日では汎用機技術者の希少性が高まっているし、IT技術を体系的に習得し応用力をつけるにはオープン系技術より有利である。汎用機技術者が消えつつある真の原因は、その必要性と有用性を理解していないところにあるのではなかろうか。また、外部委託と丸投げを混同してはいまいか。

 

 IT部門にとって好ましくない現象、自行経営に実害をもたらす問題、その真の原因の三つを明確に分けて考えることが必要である。

2.IT人材不足感の背景

 では、どうしてこのようにIT人材の不足感が強まったのであろうか。そのひとつの要因として、共同化やアウトソーシングの進展が揚げられることが多い。確かにITスキルは実践を通じて習得されるため、外部委託によって実践の場がなくなることは、スキルを失うことを意味する。アウトソーシング化を意思決定する際、「戦略的分野の企画にIT人材を集中させる」ことが主たる目的と考えられた。しかし、開発スキルのない要員が、実行可能なIT計画を立案することは現実には難しい。あるいは不可能といっても良い。一般に、ITの企画と開発、運用を分業化する前提で考えることが多いが、それは誤りである。企画するには開発スキルが前提であり、開発には運用スキルが不可欠である。運用を無視した開発は利用に耐えない。企画、開発、運用を組織論として分化することに問題はないが、スキル技能を分断することは、ITの有効かつ効率的な稼働を阻害することになる。

 

 共同化やアウトソーシングの結果、自行内にかつてのような100人規模のIT要員を抱える理由はなくなり、大幅に減員された。その際、中心戦力であるベテラン技術者が優先的に残ることは自然であり、事実、IT要員の平均年齢は、ここ数年で急激に上昇している。平均年齢45才以上という地銀も少なくない。55才で現場を離れるとすれば、10年後には経験者の大半がいなくなってしまう。一方で、こうしたベテラン技術者のキャリアパスも大きな課題である。銀行業務の現場を離れて長いため、転出先がないという話も聞く。かつて100人を超える組織であった時には、IT要員のローテーション、キャリアパス、育成などが制度的に運営されていたが、小規模組織となるとその必要性が下がっているようだ。

 

 2000年以降、多くの地域金融機関が基幹系システムの共同化、アウトソーシングを実施した。それには銀行によって様々な理由があり、ある程度のデメリットを織り込んだ上で経営判断を行ったところもあったものと思われる。だが、今後かつての組織体制に戻ることはないものと思われる。仮にアウトソーシングを中断して、元の自行開発運用に戻そうとしても、技術者の確保と育成には最低で5年、一般的には10年が必要とされ、その間は外部委託と内製の二重化となり、その重複費用も大きな負担となるからである。

 

 結論として、アウトソーシングしたシステムに関しては、委託先管理に必要な要員数とスキルに集中特化して、効率化と高度化を図る以外に選択肢はない。金融機関は、ITを通じたサービスを結果債務として提供する義務を負うのであるから、そのシステムを外部委託していようが、顧客に約束する機能と品質に関する管理義務がある。即ち、業務要件の整理、開発管理、運用管理などシステムライフの全てにおいて、自行システムで運営する場合と同様の管理責任が発生する。要員数は数段少なくて良いが、保有すべきスキル範囲が減少する訳ではない。

 

 また、パッケージの利用もIT人材のスキルに影響を与える。営業支援、CRM、融資支援、債権管理、各種リスク管理、投信窓口販売など基幹系以外の周辺システムも多種多様となっており、その多くは、オープン系技術を使用したパッケージ・システムである。オープン系技術は、技術革新のスピードが速く、システムの寿命は汎用機より数段短い。銀行の業務革新のスピードよりもさらに速く、導入して5年もすると、業務面での支障がなくとも、ハードやソフトのベンダー・サポートがなくなる。自行で維持保守できる要員や技術がないので、新システムに更改する他に方法がない。独自の機能を付加する場合も、全面的にベンダーに依存せざるをえない。こうして、内部に経験、スキルを蓄積することができないという問題が増幅していくのである。

 

 一方、金商法や業法によってIT統制の拡充と消費者保護規定の順守が求められ、加えて個人情報保護、アンチマネロンなどコンプライアンス関連の制度対応も目白押しである。これら制度案件も常に新技術への対応を要求する。こうして、新たに必要となるスキル分野が拡大し続ける。IT利用を必要最小限にして、IT以外の方法で経営戦略を展開しようと考えても、具体的施策を見つけることは至難である。

 

 しかし、以上の課題は地域金融機関固有のものではない。IT要員を千人以上擁するメガバンク・グループであっても、全てを自力開発運用できる時代ではなく、あらゆる分野の情報通信技術を保有することも不可能である。IT人材不足は、業種や規模を超えた共通の課題なのである。

では、何故、地域金融機関においてこれほどIT人材の不足感が強いのであろうか。その最大の理由は、外部委託する前と後とのギャップが大きいからと思われる。もう一つの理由は、戦略上重要な技術分野とスキルの種類が明確になっていないため、必要なスキルのレベルと量を満たす仕組みがないからではなかろうか。従来からの技術を維持しながら、新しい分野に対応しつつ、要員数を大幅に減少させることは不可能である。内製と外部委託の分野を明確に分別して、自行要員が集中すべき分野を絞ることしかない。こう考えると、手段としての共同化、アウトソーシング化、パッケージ化が人材不足の真の原因ではなく、技術戦略の不備がIT人材不足感の原因といえるのではあるまいか。単に要員を増やしたり、個別技術の研修を強化しても、問題の解決にはつながらないであろう。

 

3.戦略的IT人材育成と調達の仕組み

以下にIT人材の育成や調達の望ましい仕組みを考えてみる。(後図参照)

  1. 保有する(予定を含め)全アプリケーションとシステムの全体鳥瞰図を整理する。具体的にはアプリケーション・アーキテクチャとシステム・アーキテクチャの整理
  2. 経営戦略等からアプリケーション、サブシステムの優先順位と主要考慮点を整理する
  3. 各サブシステムのガバナンス(開発、保守、運用の外部委託、内製化方針)を整理する
  4. 自行が保有するIT関連スキルのレベルと要員数および利用可能時期を棚卸する
  5. 技術動向、他行動向等から必要なスキルを抽出し、重要度、必要レベル、必要人数、必要時期を整理する
  6. 上記②③⑤と④のギャップを時間軸で整理する
  7. 自行要員別の④と⑥を比較して個人別のスキル育成計画を立案、PDCA化する
  8. 上記⑦だけでは確保できないスキルを外部調達する方策を検討、決定、実施する

このような仕組みに、ローテーションや処遇などの人事制度を適合させることも重要である。

個別要員の技能レベルや付加価値を評価する手法として、個別要員が労働市場でどの程度の評価を受け、あるいは対価を得られるかなど、市場価値を把握することも有効であろう。

 

 また、研修、OJT、ベンダー等外部への出向など教育訓練を行なう他に、中途採用、ベンダーからの逆出向などで外部から調達することも一案であろう。このような場合には、個別技術者を実績ベースで選定する必要がある。また、調達予定人数が多い場合には、当該分野で実績のある開発会社を買収する、親密ベンダーと合弁会社を設立する、親密銀行間で人材プールの仕組みを作るなどの方策を検討することになろう。

 

 IT人材管理はIT戦略の主軸であり、ITガバナンスを強化するためにも必要不可欠である。人材管理の仕組みの再構築が急務である。

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