技術革新が主導する金融業務改革         2011.02.01


 情報テクノロジーの金融機関業務への適用の歴史は古く、50年以上前にも遡る。当初は人的労働力の代替が主な目的であったが、その後、経営管理での利用、近年ではマーケティングや犯罪防止など、その適用分野は広がりつつあり、将来的にも様々な場面での利用が期待される。

 IT部門の担当者にとっては、業務改革につながる新技術を見極める目を養うことが一層求められる。以下に、イメージ処理技術から見た金融業務改革のあり方について、述べてみたい。

 

1.金融業務IT化における考慮点

 金融機関においては、各種契約書などの現物と現金は、業務改革の大きな阻害要因となっている。扱う量も膨大であるが、種類も極めて多い。そして誤処理防止のために、複数の組織や行職員が繰返し確認処理するのが一般的である。伝票枚数の数倍のプロセスがあることになる。伝票つまり紙をなくすことが、金融業界システム化の歴史ともいえる。しかしながら、昨今では、業務内容が急速に変化拡大するだけでなく、利用者保護を目的とした規制強化が金融機関の業務を複雑化させ、その結果帳票の増加と労力負荷の拡大をきたしている。  

 

 ITを活用した新しい業務プロセスを導入しても、全ての取引と顧客に適用できるまでには時間がかかり、その間は新旧プロセスが並存せざるをえない。新規参入金融機関の場合は、新プロセスだけで済むのでコスト面で有利とされるが、それは顧客との接点だけのことである。後方では膨大な紙と大量のバッチ処理が発生する。つまり古い業務処理の仕組から逃れられていないのである。そこで、プロセスを変更せずに、人的作業をITに置き換えるだけの効果を期待することになる。中でも、技術革新が進んだイメージ処理技術の活用範囲が急速に広がっている。

 

 ただし、オープン系など寿命の短いシステムの場合は、初期コストを回収する前にシステム更改を要するような投資悪循環に巻きこまれないように注意が必要である。極めて短期間に投資を集中して規模のメリットを確立するか、超長期のシステム寿命により採算確保するしかない。

 

2.ペーパー・フリー化への適用

 金融機関における自動認識技術の歴史は古い。たとえばOCRによる自動読取は40年以上前からを行ってきている。膨大な書類もマイクロフィッシュ化して保存管理する方法が、全金融機関に普及している。1970年代から普及した現金自動支払機では、パターンマッチングによる紙幣の真贋判定も行われている。それが、世界に誇る日本のATM技術となった。1980年代に入ると印鑑照合も実用化された。今日では殆どの通帳に印影が写像されておらず、ホストシステムに登録された印鑑イメージと、顧客が持参した印鑑との自動照合が行われるようになっている。これにより、印鑑照合の事務処理負担が削減され、さらには口座開設した店舗以外でも契約変更や解約などの手続きが可能となった。

 

 諸外国に比べて、わが国金融機関の事務処理の正確性に対する基準値は極めて高い。複数の組織や担当者によるマルチ・チェック体制などが規定化されている。更に、1件1件の取引が全て勘定元帳に記録され、瞬時に担当者別、機器別、取引種類別、組織別に集計され、現金入出金機では金種別にすら集計できる。これでミスを防止し、仮に発生しても即座に当該取引を特定することができるのである。これほど精緻な事務処理の仕組を完成させている金融機関は他国に例をみない。経済合理性からすれば一見過剰品質にも見えるが、これが金融機関の事務処理に対する国民の信頼を確立・維持している理由でもある。

 

 大規模銀行の支店に来店する顧客数は1日平均2千名を超えるが、その80%以上がATMの利用客である。窓口での事務量は大巾に減っていると言われることが多いが、実際には、各種変更届けや公金収納など現物書類の処理を伴う複雑多様な取引が増えている。加えて、犯罪資金移転防止法による本人確認の厳格化や、金融商品取引法で要求される顧客との確認書類などの増加により、営業店の事務負担は拡大の一途である。支店にはこれらの膨大な書類を保存管理するスペースも人的余力もないので、多くの金融機関は専用倉庫で保管している。その際、RFIDによって入出庫管理を効率化することところも増えつつある。また、顧客が記入した書類は、オンライン端末でキーボード入力する必要があるが、最近では窓口端末機やATMに装備した手書き文字読取機で自動読取を行うことも増えている。

 

 このように金融機関におけるイメージ処理技術は、データ入力や書類保管における人的負荷を軽減することを主要な目的として普及してきた。事務効率、正確性、コンプライアンスが一体化したプロセスは、金融機関にとって競争力の源泉となる。洗練されたプロセスにノウハウとITを加え続けることが、今後も競争力強化の最優先事項であり続けるだろう。

3.金融ハイテク犯罪防止への適用

 数年前から、キャッシュカードを窃取あるいは偽造して他人の預金口座から不正に現金を引き出す犯罪が急増した。キャッシュカード出金においては、カードと暗証番号を本人確認の手段とすることが約款に明記されており、銀行は被害に対する補償責任はないと主張したが、賠償請求訴訟では続けて敗訴した。容易に偽造あるいは判読できる仕組を放置し続けた銀行側の注意管理義務違反とされたのである。そこで、偽造が難しいICカードと指や掌の静脈による生体認証が取り入れられることとなった。ICカード化は急速に進んだが、生体認証の利用率は高くない。これは、大手行ですら、生体認証対応ATMの比率が58%に対してカードの対応率が4.6%であることに表れている。しかも生体認証に対応していないATMでも利用できるように、1枚のカードに生体認証と旧来の磁気ストライプの両方式を併存せざるをえないため、セキュリティの根本解決にもなっていない。それでも、この手口によるカード犯罪は大巾に減少した。その理由は暗証番号を類推容易なものから変更したこと、1日あたり引出し上限額を200万円から50万円または30万円に引下げたことである。とはいえ、生体認証が一般的に利用できる技術水準やコスト水準となり、顧客の抵抗感が薄らいだという意味は大きい。最近では、会員制施設などで生体認証による本人確認で、カードなし決済が実用実験されている。その読取機の価格は3万円程度である。やがては様々な生活シーンで生体認証が使われるだろう。ただし、生体認証データが詐取・偽造された場合の社会的影響は極めて大きいことに留意すべきである。本人確認では、カードや機器などの個別媒体認証、暗証番号や合言葉などの記憶認証、そして生体認証の組み合わせが必要である。対面ではなく、自動化機器やネットワーク経由での取引を一段と普及させるには、利便性向上と安全性強化のバランスを確保する本人確認の技術革新が不可欠である。

 

4.マーケティングへの適用

 大規模小売店などで、RFID組込カードを顧客に発行し、その顧客の店内での動きを追跡、顧客行動パターンを分析する試みが出ている。防犯ビデオの映像データ分析技術も進展している。また、動画を分析して多勢の中から特定個人を抽出し、その行動パターンを分析する試みもある。開発ベンダーは、重要顧客が来店した際に適切な応対ができると提案するが、金融機関の反応は鈍い。顧客のプライバシー意識に反することを恐れるからである。現時点では、防犯に適用するか否かという段階である。

 

 一方で、音声認識技術の採用が進んでいる。もともとはコールセンターでの顧客とのやり取りを録音し、後日のトラブルに備えることが目的であったが、録音データを自動認識でテキスト化してそれをマイニングするようになってきた。特定顧客との折衝記録を検索する目的を越えて、折衝履歴パターンから顧客の信用リスク・データ収集や効率的なセールス活動に結びつける試みである。音声認識が発展して自動同時通訳の段階に至れば、海外市場との一体化も進むだろう。顧客の好みに応じて声色や台詞を変えることもできる。顧客の発言内容から金融リテラシーを判別して、説明方法の難易度を調整することもできる。

 

 イメージ処理技術を単独でなく、データ・ベース技術、ネットワーク技術、検索技術、ルールベース技術などと組み合わせることで、その適用範囲は大きく広がる。これからは、検索技術とルールベース技術の重要性が高まるだろう。しかし残念ながら、こうした技術分野に積極的なのは欧米金融機関である。また、日本の金融機関と異なって、彼らには技術でコスト代替できる後方要員が豊富である。更に、顧客の一部しか受容しないサービスでも挑戦する文化のあることが、我が国金融機関の取り組み姿勢と異なる理由である。安全正確公平を至上とする業界文化は、国際競争だけでなく、国内でも産業間競争で大きなハンディキャップとなる。小売業などとの協業を通じて、金融サービス改革を技術主導で行うというアプローチが現実解となろう。

 

 イメージ処理技術はペーパー・フリー化を促進してきた。一方で電子マネーや決済のネットワーク化によってキャッシュ・フリー化も進んでいる。これらを組み合わせて、拠点フリー化を進めることができれば、金融サービス業のビジネス・モデルは大きく変わるであろう。

 

5.業務改革手法のパラダイム・シフトが必要

 「ITは既にコモディティ化しており戦略的価値を失った。未確定な将来リターンを期待せず、費用を抑えながら現状の課題解決に限定すべきである。」との主張が一部にある。確かにこうした面のあることは否定できないが、経営の範囲のメリット、規模のメリット、サービス品質、コスト競争力、商品競争力、チャネル戦略などを整合性をもって展開しようとすれば、ITを無視できる選択肢はない。ただし、伝統的金融業務は成長性に限界があり、個人から企業・公共へという資金循環も根本から変わってしまった。人件費を始めとする固定的経費に更なる削減余地は少ない。市場構造が大きく変わった中で、各金融機関は自分の判断で新たな収益モデルを追求せざるをえない。

 

 理論的には、経営戦略を定め、それを実現するIT戦略とビジネス・インフラ(業務プロセスや人的資源など)を整備し、その両者から派生する要件を充たすITソリューションを見極めるのが順序である。しかし、こうしたアプローチから創発的なソリューションが出てくることは少ない。シーズとしての技術が、ビジネス・インフラやIT戦略に与える影響と効果を精査して、経営戦略に反映させるようなパラダイム・シフトが必要だろう。

 

 具体的な方法としては、①多くのシーズを金融関係者に提示して逆スパイラルで検証する、②最終利用者をイメージして小売業やヘルスケアなど他産業と金融業を融合させて新たな価値を創造する、といった二つの方法が考えられる。こうした仮説設定や検証の為の技法は、多種多様に存在する。ネットワーク技術のおかげで、関連する人々が協業する仕組も構築容易である。技術革新が金融サービスの業務革新に結びつくビジネス・システム(組織、プロセス、商品、IT、スキル、組織文化、評価制度など)を構築することが、究極のIT戦略と言えよう。

 

NS