金融機関のサービス戦略とIT対応        2011.02.01


 金融機関の顧客満足向上運動は一時ほどのブームは過ぎたようだ。表面的な調査と改善施策に終わってはコストを無駄にし、行職員のモラルを下げ、顧客の不満足度を高めるだけとなる。しかし、サービス業としての金融機関にとって、顧客視点でのサービス・レベル評価は極めて重要であることに変わりない。本稿では、個人顧客を想定したサービス戦略とIT対応について論じる。

 

満足度調査と顧客セグメンテーション

 顧客満足度を測る因子としては、商品性、価格・手数料、利便性・アクセスコスト、サービス・接客技術の4つが主要なものであり、満足度の調査項目もこれに準ずることが多い。最近では、フリーコメントをテキストマイニングなどのビジネス・インテリジェンス技術を使って解析することも増えている。しかし、営業現場では顧客満足度と業績との相関を疑問視する声が強く、調査協力および結果フォローの負荷に対する不満が強い。

 

 調査結果に対する現場部門の納得感が低いのは、調査対象が区分されていないからだろう。回答者の多くは、不満を抱えている層か縁故関係を含めた親密顧客である。これを5段階評価すれば、実態を反映しないのは当然である。対象者を無作為に抽出した場合、顧客属性、取引関係が不明となり改善策を作れない。個人取引では10%未満の顧客が収益顧客であり、他は不採算客である。不採算客の満足度を上げて収益性を改善できれば良いが、待ち時間の短縮、営業時間の延長、駐車場の拡張などが、この層の収益性改善に結びつくとは考え難い。むしろ、収益客のみの満足度調査を通じて不満を解消した方が良い。一方で、できれば他行に取引を移して欲しい顧客層もあろう。追うべきでない顧客にサービスアップすることは、本来避けるべき営業施策である。

 

 伝統的なデモグラフィック・セグメンテーション(性別、年齢、職業、資産規模、取引状況等)だけでは効果的な顧客分類は不可能である。前述の顧客満足因子と有意な相関を持つ属性分類ではない。価値基準、行動特性、金融知識などのサイコグラフィックな特性によるセグメンテーションの必要性が認識されつつあるが、余り普及していない。セグメントが複雑化して戦略が拡散するからだろう。顧客満足度調査をサービス改善に結びつけるためには、目的を明確にし、それに沿った顧客セグメントを選択し、顧客のランクアップ戦略を展開する必要がある。

 

CRMの現状と見なおし

 顧客毎の取引状況を改善するためには、既にCRMを展開しているとする意見もあろう。趣味嗜好などサイコグラフィックな属性情報も蓄積して、コールセンターや営業担当者に提供されている。しかし、多くは利用されないまま顧客情報が陳腐化し、むしろ情報漏洩が危惧される状況にある。CRMを使ってSFA(セールス・フォース・オートメーション)化という営業活動のパターン化を試みる金融機関もあるが、数値管理に終わっているようだ。迂闊に活動状況を報告すれば自らの首を絞めることになるとする営業現場の声も聞く。CRMもSFAも道具であり、CS(顧客満足指数)は管理評価項目の一つである。目的はあくまでも、優良顧客数の増加と顧客当り収益の増加である筈だ。

 

 全体の仕組みとして、下図に示した例のような総合的施策が要求される。要は既存顧客のランクアップと新規優良顧客の獲得に尽きる。その目的実現に、商品戦略を重視するのか、価格戦略なのか、サービス戦略なのかが経営判断となる。金融業界の場合、多くはサービス戦略が選択されるだろう。しかし、総花的にメニューを増やし、コストをかけてレベルを上げても効果は限定されるだろう。むしろ、顧客の期待レベルを上げてしまうことで、以降の不満足感を高める危険がある。レバレッジ効果の高い施策を選択して、それに集中すべきだろう。こう考えると、全ての顧客に関して多大なコストと労力をかけて、さまざまな情報を収集蓄積する必要はない。優良顧客と優良になる可能性のある顧客に限定して構わないのではないか。

 

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業績に直結するのは顧客ロイヤルティ

 優良顧客とはどういう顧客か。安定した収益を直接間接に提供してくれて、相対コストの低い顧客というのが一般的な定義である。間接とは、良い評判を流し、新規顧客を紹介してくれることである。問題はコストのデータだが、ABC(アクティビティ・ベイスト・コスティング)などを使って間接コストも把握する必要がある。多くの手間とコストがかかるので普及していない。高精度を求めず、簡易型でも導入しておく方が良いだろう。取引状況については、商品種類や預り残高、金利収支、手数料収入などの収益データが必要だが、全顧客にポイント制を採用して取引状況のランクを判断する方法もある。ただし、ポイントに頼りすぎると、顧客の取引推移がわからなくなるので、特に優良顧客に関しては注意が必要である。

 

 優良顧客の取引状況は、取引期間が長く、広範な商品を購入しているのが特徴である。いわゆるロイヤルティの高い顧客と言える。小売業では、RFM(最新取引時期、取引頻度、取引金額)で評価するのが一般的である。金融のようなサービス業においては、イベント・ヒストリー・モデルのような手法を併せると有効だろう。一定期間における取引頻度の推移を追うことで、顧客の生活イベントにおける当該金融機関の利用度を推測できる。熟練すると、離反可能性の高い顧客も把握できる。多くのCRMでは、取引推移を掴んでいない。複雑なデータよりも、単純だが傾向を明確に表示するデータを収集分析する方が容易かつ有益である。そして、顧客へのアプローチ・タイミングを最適化するイベント管理を実現すべきである。

 

NS